Nov 17, 2008

ワンプッシュの白髪染め

美容院で綺麗に白髪染めをしても2週間後の髪の根元が白くなってきます。ペンタイプの白髪隠し毎日は面倒だし、染色残りの部分も気になります。美容院代の節約のために自分で白髪染めをするのが良いです。しかし、面倒に乗る私は、一剤と二つの物質を混ぜることではない、ワンプッシュで染められた白髪染めを選択しました。残りは取っておくところもお気に入りです。
円形脱毛症の原因は様々な説が考えています。その一つとして、アレルギーなどの免疫異常がある可能性があります。本来の体を保護するすべての機能に異常が生じるもので、毛根にダメージを与えてしまうことで、円形脱毛症の症状が現れます。免疫機能の異常が原因となる症状は、一般的に治療するのは難しいとされています。
 宮城県大崎市の玉造商工会が郷土食材「凍(し)みっぱなし」を使った「凍みっぱなし丼」を開発した。玉造地方(大崎市岩出山、鳴子温泉)の新しいご当地料理を観光客にPRしようと、同商工会は22日、同市鳴子温泉の鳴子峡レストハウスで、ミニ丼1000食を振る舞った。
 同商工会に加入する12の飲食店と旅館での提供開始に合わせて実施した。凍みっぱなしは、しみ豆腐の乾燥工程を省いた食材で、大豆が原料のヘルシーさと、しみ豆腐よりも滑らかな食感が特長。これを甘いたれで味付けし、衣を付けて揚げてから卵でとじたカツ丼風の料理が凍みっぱなし丼だ。振る舞われた新料理の評判は上々。試食した新潟市の無職宮沢英夫さん(67)は「味が染みていておいしい」と話す。
 同商工会は昨年6月から新メニューの開発を始めた。ことし1月には試食会を行うなど、商品化の準備を進めてきた。
 来年秋に愛媛県宇和島市で開催予定の「全国丼サミット」に出品を予定するなど全国PRも計画している。
 同商工会の舘股秀隆会長は「登米の油麩(ふ)丼や石巻焼きそばに匹敵するような料理に育てていきたい」と話した。

 仙台市中心部で12月に行われる「2011SENDAI光のページェント」に向け、同実行委員会は22日、青葉区の仙台三越前と藤崎前で街頭募金を行った。
 実行委のメンバーと点灯式などでイベントをサポートする子どもボランティア「ドリームガイド」ら30人が、小雨の降る中、募金を呼び掛けた。
 ことしのイベントは12月2〜31日で、ケヤキ160本に46万個の電球をともす計画。実行委が宮城野区の倉庫に保管していた60万個の電球が東日本大震災の津波で失われたため40万個を新たに購入し、6万個を親交のある東京・表参道のイルミネーション実行委員会から借りる。
 実行委の松本信一副委員長は「震災で開催も危ぶまれたが、鎮魂の思いも込めていいイベントにしたい。多くの支援をお願いします」と話した。
 募金活動は12月18日までの土日と祝日の午後1〜3時、同じ2カ所で行う。

 男子プロバスケットボール、bjリーグ仙台は22日、愛知県豊川市の市総合体育館で昨季王者の浜松と対戦、74―71で浜松に逆転勝ちし、開幕3連勝を飾った。
 仙台は、第2クオーターに突き放され苦しい展開となったが、後半に入って驚異的な粘りを発揮。最終盤に試合をひっくり返した。
 由利本荘市総合体育館では、秋田と岩手による東北ダービーがあり、秋田が95―75で岩手を下した。岩手は初勝利を逃した。
 23日も仙台は浜松と、秋田と岩手もそれぞれ同じ会場で対戦する。

仙台(3勝)74(21―21 7―24 24―10 22―16)71浜松(1勝4敗) ▽観衆 1020人(豊川)

 仙台は後半の猛追で、接戦を制した。第2クオーターに守備が機能せず、前半を終えて17点差を追う展開となったが、第3クオーターはフィッツジェラルドや薦田の3点シュートなどで詰め寄ると、第4クオーターも粘り、残り約30秒で逆転した。

<基本に立ち返る>
 仙台・ピアス・ヘッドコーチの話 苦しい展開だったが、後半に選手たちが基本に立ち返り、集中してディフェンスをした結果、オフェンスでの流れをつかめたことが勝因。チーム一丸となれたのは、何よりも選手自身の頑張りだと思う。

 フランスのフィヨン首相が22日、東日本大震災で被災した宮城県石巻市を訪問した。
 フィヨン首相は市内を一望する日和山公園で、亀山紘市長と安住淳財務相(衆院宮城5区)らの出迎えを受け、被災当時や復旧状況の説明を受けた。震災による火災で全焼した門脇小の近くに掲げられた看板「がんばろう!石巻」の前で献花した後、市内で活動するフランス人のボランティアとも懇談し、激励した。
 フィヨン首相は「深い哀悼の念を表したい。必要であれば、フランスとしても支援をしたい」と述べた。23日には野田佳彦首相と会談する。

 藤沢市の鵠沼公民館(鵠沼海岸2丁目)で22日、「3・11に何を学ぶ その時私は」と題するシンポジウムが開かれた。地域防災に取り組んでいる住民や地元の中学生など6人のパネリストが震災当時の実体験を語り、今後必要な対応策などを話し合った。

 市立鵠沼中学校2年生の水野あやさんは学校で授業を受けていた。「揺れが収まった後、校庭に避難したが、その時には既に大津波警報が出ていた。後から分かったが、もしあのとき津波が来ていたらどうなっていただろうと思うと怖くなった」と振り返った。

 同中学校2年生の府川悠理さんは「突然揺れて、どうしていいか分からなくなった。校内放送で机の下に隠れるよう指示され、隠れたが、パニックが一番怖いと思った」と述べた。

 鵠沼郷土資料展示室運営委員会副委員長の内藤喜嗣さんは、史料などの検証を基に、藤沢に津波が到来した場合の被害想定などを説明した。

 地元の自治会連合会で防災を担当している太田哲夫さんは、震災直後に自宅近くの小学校に様子を見に行ったところ、十数人が避難していた。「備蓄品を倉庫から運び出したりしているうちに、避難民は帰宅していったが、その後は、帰宅難民も訪れ、避難所は混乱していた」と話し、今後対応策の検討が必要だと指摘した。

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